私がマーケティングという概念と初めて真正面から向き合ったのは、世界的日用雑貨メーカー、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)との出会いでした。当時、創業100年を超えるアメリカの巨大企業でありながら、日本市場ではまだ「マーケティング」という言葉すら一般的とは言えない時代。そんな中、P&Gは日本の家庭用洗剤市場に新製品を本格参入するにあたり、綿密なテストマーケティングを実施。当時はテスト市場として、静岡県と福岡県・佐賀県を設定していて、その一端に、私は福岡から参加させていただくことになりました。

ミーティングのたびに大阪の日本本社を訪れ、P&Gの仕事の進め方に接する中で、私は強烈なカルチャーショックを受けました。ミーティングのスタイル、書類のフォーマット、時間の使い方、そして何よりも、全てがデータに基づき、論理的な裏付けが前提となっていること。今では当たり前に感じるこれらのことが、当時の私にはあまりに新鮮で、刺激的でした。

P&Gに出会う前、私は“経験と勘”、“感覚や感性”でなんとかしていたタイプだったかもしれません。数字やロジックに基づく戦略という発想はあまりなく、“センス”や“現場感覚”を頼りにしていたのです。そこにP&Gの徹底したデータ思考がぶつかってきたことで、まさに目から鱗が落ちました。

ミーティングの冒頭から、いきなり『この仮説は、なぜそう思ったのですか?』と尋ねられたとき、私は答えに詰まりました。どこか“上司やクライアントがこう言っていたから”という前提で進めていた自分に気づいたのです。それ以来、本当に生命を削るような気持ちで毎回のミーティングに臨みました。時間の長さではない、濃縮されたミーティングがいかに大事で価値的かを学ばせてもらいました。その後の私のビジネスの財産となったことは言うまでもありません。

また、それ以上に私が驚かされたのが、P&Gの企業理念です。当時のP&Gは「正直と誠実」を社是として掲げていました。世界的な規模を誇る企業が、ビジネスの根幹にこれほどシンプルな価値観を置いている。その事実に、私は衝撃を受けました。

ある日、P&Gの担当マネージャーであった女性に率直に尋ねたことがあります。「世界中でビジネスを展開している御社が、なぜ“正直と誠実”というような、あまりにも当たり前な言葉を社是にしているのか」と。すると彼女は、穏やかな口調でこう答えてくれました。

「“正直と誠実”は、言うのは簡単でも、実際にやり続けるのはとても難しい。わかっていること、知っていることが、必ずしも“やれている”こととは限らないのです。だからこそ、当たり前のことを当たり前にやる。それができる企業こそが、本当の意味で信頼されるのだと、私は思っています」

その言葉に、私は深く共感しました。世界的な企業であることが、正直と誠実を貫く理由なのではなく、むしろ、100年以上もそれを地道に実践してきたからこそ、P&Gは今日の地位を築いているのだと。

この経験は、私のビジネス観の原点でもあります。
コンサルティングの現場では、時に突飛な戦略や耳障りの良い手法が提案されることもあります。しかし、私はそのたびに、P&Gの哲学を思い出します。そして、地に足のついた分析――自社の強み・弱み、機会と脅威を冷静に見つめるSWOT分析を土台に、現実的かつ実行可能な改善策を、一緒に考えていきましょうと助言しています。また、プロジェクトにあたっての目標設定においては、KPI(「Key Performance Indicator」)「重要業績評価指標」を明確にすべきだということも学ばせていただきました。

「凡事徹底」という言葉があります。イチロー選手は「小さなことを積み重ねる事が、とんでもないところへ行くただひとつの道だ」という名言を残しています。ビジネスでは、データと理論に裏打ちされた“当たり前のこと”を、まずはやってみる。そして、そこからPDCAを回し、実践を通して改善していく。これが、私自身の仕事の進め方であり、信条です。そして、これこそが目的(ゴール)に到達する近道だと思います。
「そんな当たり前のことだったらコンサルに頼むまでもないよ」と言われる方もいらっしゃいました。しかし、否、だからこそ一緒に考え、汗を流すパートナーが必要でなないかと思うのです。経営者は孤独です。時間も、人手も限られており、背負っているものは本当に大きいものだあります。だらかこそ、信頼できる伴走者が必要であるし、「一緒なら、できる」こともあります。私はそのパートナーに名乗りを上げたいと思っています。

企業には創業者の思いが込められた社是や理念があるはずです。その精神を大切にしながら、私は経営者の皆さんの熱い想いに共感し、共に汗をかく「伴走型コンサルタント」として、これからも誠実に歩んでいきたいと考えています。

御社の企業理念には、どんな想いが込められていますか?
それは、毎日の仕事の中で“やれている”と胸を張って言えるでしょうか?
 正直と誠実――これは、企業規模を問わず、全ての経営者に問い直してほしいキーワードです。